次男が浪人で予備校に行きだしたときに「友達ってどうやって作るんやっけ?」と聞かれた。
「へ?」
次男は中高一貫校でそれなりにいい友人に巡り合い、楽しかったらしいが、どうやってそんな友達ができたか覚えてないらしい。私だってそうだ。高校、大学時代から今も仲良しのオバさんグループだって、元はどうやって仲良くなっていったかなんて覚えてない。
予備校では、少し背伸びしたクラスに入ってしまって、まわりは超優秀な人ばかりで気後れするのだそうだ。で、とりあえず、クラスの違う同じ高校出身の仲間でつるんでいたらしいが、なんか違う感じがしたらしい。
ま、とりあえず、人ウケするパステルオレンジとか黄緑とかのシャツ着てたら?なんてアドバイスした。オレンジは解放的で、ウエルカムな感じを醸し出す色。黄緑ははじめましての色 だから。
予備校のクラスには最初の自己紹介もなく、ただただ、授業を受けるだけで、とっかかりがつかめないらしい。
過保護な私はやってしまった。
クラスチューターのお姉さんに「クラスのホームルームの時に簡単な自己紹介なんかしないんですか?」と保護者会の質問欄に書いてしまった。
すぐさま反応してくださったらしく、自己紹介の時間が設けられたとか。
とにかく、何かしらの共通点を見つける、とっかかりが大事だったのだ。
それが奏功したのか、息子はすぐさま自分と波長が合うらしい友人をキャッチして、
1年間楽しく過ごせた・・・らしかったが、結局その友人たちとは同じ大学に行けなかった。
息子だけ落ちたのだ・・・
なんてこと。あの時、予備校に友達なんていらない!て言っておかばよかった。。。
ただ、その優秀な友人たちとは今も一緒に遊んでいるらしい。
「自分だけ違う大学で平気なの?」と聞いたことがあった。
「え?なんで?あいつら、良い奴ばっかやし、一緒にいると勉強になることが多いねん。」と。「言うとくけど、1年無駄にしたなんて思てへんで。いい勉強になったし、良い奴とも巡り合えたし、一緒の大学行けなかったんは残念やけど、なんか一緒にいると、レベルの違いを感じるから、俺が落ちた理由もわかる気がするねん」
ああなんて立派な息子。それに比べてダメ母の私は、その予備校名と、大学名を見聞きすると、とんでもなく落ち込んでしまうのです。ぶっちゃけ私は京大生の母になりたかっただけなのかもしれない(あ、言っちゃった)。
でも、将来にむけて、息子のためだと信じて疑わなかった。
私が見れなかった「上」の世界を見てほしかった。これも私の価値観の押し付けだ。
私が勤続するカイシャには、スーパーエリートがゴロゴロいて、みんな「出身大学」、「会社名」に誇りをもって仕事しているから、息子にもそうなって欲しかった。
それが「貧乏父さん」の生産工場だとしても。
息子は今年の2次試験の問題を解いてみたそうだ。「今年は基本問題が多かったけど、さすがに1年勉強してないと、解くの大変やったわ。」
すごくない?私は、新聞で京大2次試験などは見るのも辛くて、絶対見ないようにしてたのに。同じく前年に落ちた友達ときゃっきゃ言って、文句を言いながら解いてたのだそうだ。この執着のなさ。影で泣いてるんじゃないかとずっと心配していた。
「そりゃあ、受かりたかったよ。でもアカンかった。それだけ。落ちた理由は自分が一番わかってるから」
何故、そんなにあっさりと諦められるんだ?私は多分あと5年は引きずるな。
長男の時もそうだったから。
最近になって、ようやく多様性の意味が少し、頭では理解できるようになったのだけれど。
頭では。頭では。
コメント
今週も、まっすぐな本音のエッセーに、雲一つない夏空を見上げたような
気分です。お母さんも息子さんも、いいなぁ~と思います。
関西人(特に男性)が、「京大出身の社会人は、使えないのが多い。」と
言うのが嫌いでした。どうしようもない妬み、ひがみ根性を感じて。
誰にでも、人をねたむ気持ちはあると思うけど、若い息子さんが、それを
うまくクリアーして、素晴らしい友人関係を作れるなんて、本当にすごい。
これからの成長とともに、さらに、”いい言葉”が聞けそうですね。
また、エッセーでシェアしてください(^^♪
いつも励みになるコメントありがとうございます。
息子は吹っ切れているかもしれないけど、私の京大コンプは継続中です。
折に触れて吐き出していきたいと思っています(*´Д`)